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横浜地方裁判所 昭和39年(ワ)262号 判決

原告

荒木ミサ子

代理人

広瀬和四郎

被告

株式会社横浜銀行

代理人

渡辺綱雄

外一名

主文

被告は、原告に対し、金二五、七九七円およびこれに対する昭和三九年三月一二日から完済まで年六分の割合による金員の支払をなせ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一一分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事   実≪省略≫

理由

原告が被告銀行六角橋支店と普通預金契約を締結し、それ以来同支店に預金をなし、その預金額が金二七五、七九七円となつたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、右契約は、昭和三五、六年頃締結されたことを認めることができる。そこで被告主張の債権の準占有者に対する弁済の抗弁について考えてみる。被告銀行六角橋支店係員が昭和三八年九月二八日原告の氏名を記載し、原告の印鑑を押捺した金二五〇、〇〇〇円の普通預金払戻請求書を原告名義の普通預金通帳と共に同支店に提出して預金の払戻を請求した者に対して右請求書の印影と被告保管の帳簿に押捺してある原告の印影とを照合し、その同一のものであることを認めて金二五〇、〇〇〇円を払戻したことは、当事者間に争いのないところである。そして<証拠>を総合すると、原告が昭和三八年九月二八、九日頃、自己および秋山の印鑑ならびに原告名義の被告銀行六角橋支店作成の普通預金通帳を何人かに窃取されたことに気が付き直にその旨同支店に通知したが、すでにその前日頃前記認定の如く何人かによつて右印鑑と通帳とを冒用して同支店から金二五〇、〇〇〇円の払戻を受けられてしまつていたこと、同支店には普通預金取扱口が三ケ所あり、その取扱担当者は配置異動のため常時同一人でなく現に右払戻の際の同窓口取扱担当者も同年六月二七日被告銀行平塚支店から六角橋支店に転勤し同年八月頃から右担当者となつたものであること、右払戻当日は土曜日で、他の曜日にくらべて多忙であつたこと、右払戻に関与した同支店担当者はいずれも原告とそれまで面識がなく、右盗難の事実も原告から通知があつて始めて知つたこと、右窓口取扱担当者は通帳が女名義であるから右預金払戻請求者は原告の代理人であると思つて何等あやしむことなく払戻をしたことを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は容易に信用することができず、他にこれを覆すことができる証拠もない。そしてこの事実に当事者間に争いのない被告がその保管にかかる帳簿に押捺してある預金者の印影と普通預金払戻請求書の預金者名下の印影とを照合して両者が同一であれば預金を払戻している事実とを考え合わせると、被告銀行六角橋支店係員の本件払戻は債権の準占有者に対する善意の弁済であると認めるのが相当である。

そこで原告主張の過失の再抗弁について考えてみるのに、本件預金払戻請求者が右支店係員に対し右預金通帳と共に預金払戻請求書に「秋山」なる印鑑を押捺して提出したところ、同印影がかねて同支店に届出てある原告の印影と相違したため払戻を拒まれたので、同人が同請求書の右「秋山」なる印影の隣に「荒木」なる印鑑を押捺して再び提出したところこれもまた届出の印影と相違してるため返還されたので、更に右請求書に他の「荒木」なる印鑑を押捺し始めてそれが届出の印影と一致したので右金員の払戻を受けたことおよび同係員が原告に対し右払戻請求者に受領の権限があるかどうかを電話で問い合したことがないことは被告の認めるところであり、又右預金通帳の名義が女であるのに預金払戻を請求した者が男であることは前記認定のとおりであるけれども、<証拠>によれば右預金払戻請求書に最初に押捺された「秋山」なる印影は書体がむずかしく、「秋山」と容易に判読し難いこと、被告銀行では女名義の預金通帳を使用して男が又男名義の預金通帳を使用して女が預金の払戻の請求をすることは珍しいことでないこと及預金払戻請求者が払戻請求書に届出の印鑑と異る印鑑を押捺して払戻を請求することもしばしばあり、かような場合、その旨同人に話し同請求書を返還し、同人にその場で又は一旦帰宅させたうえ届出の印鑑を押捺させて再度提出させその支払に応じており、預金通帳名義者に電話等で問い合わすようなことはしないことを認めることができ、これに反する何等の証拠もないばかりか、通常預金者がその預金の払戻を受ける場合銀行へ自ら行くことなく他人を代理人又は使者として行かせ、しかも男が女に、女が男に行かせることも少くなく、又預金払戻を請求する者が預金請求書に届出の印鑑と異る印鑑を数度押捺して払戻を請求することもあり得ることであり他方市中銀行は多数預金者に比較的簡単な手続で迅速に預金の払戻をして預金者の便宜をはからなければならないから、本件の場合被告銀行六角橋支店係員に原告に電話をかける等して預金払戻請求者に受領の権限があるかどうか問い合せる義務があつたとは認められず他に被告に過失があると認めるに足りる何等の証拠もないから、原告のこの再抗弁は採用することができない。したがつて被告の本件弁済は債権の準占有者に対する善意無過失の弁済であるということができる。してみれば、被告は原告に対し、預金額金二七五、七九七円から右弁済の金二五〇、〇〇〇円を控除したその残額金二五、七九七円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが本件記録により明らかである昭和三九年三月一二日から完済まで商事法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。

≪以下省略≫ (石崎 四郎)

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